欧州委JRC「ケミカルリサイクルは依然コスト割高」と正式警告/Plastic Energyは管財手続きを脱却も業界は正念場、PVCを潤滑油に変える技術がNatureに
今回は「なぜケミカルリサイクルは掛け声ほど伸びないのか」を、EU公式機関の経済性評価と、実際に経営が揺れ動く現場、そして直近発表された技術的ブレークスルーの3方向から掘り下げる。欧州委員会の研究機関JRCが「ケミカルリサイクルはコスト面でバージン樹脂に届かない」と正式に認める報告書を公表する一方、本サイトでも紹介したSABICとの共同拠点(trend24)を持つPlastic Energy社は、資金難による管財手続きから約3カ月で新体制の下に再スタートを切った。同時に、最も再生が難しいとされるPVCを高性能潤滑油に変える技術がNature誌に発表されており、コスト構造そのものを変えうる動きとして注目したい。
30秒でわかる要約
- 欧州委員会共同研究センター(JRC)が報告書「Economic viability of chemical recycling」を公表。ケミカルリサイクル由来樹脂の製造コストはバージン樹脂比で少なくとも1.5倍・典型的には2〜3倍、熱分解(パイロリシス)由来樹脂に限れば最大3.7倍に達すると結論。解重合(ソルボリシス、PET向け)は約2,150ユーロ/トンとパイロリシスより効率的だが、依然コスト劣位。
- SABICとの合弁「SPEAR」(オランダ・Geleen/Chemelot拠点)を持つPlastic Energy社は、2026年4月に資金不足で英国の管財手続き入りしたが、8月6日に管財手続きを脱却し、創業者Carlos Monreal氏がCEOに復帰、非公開の新オーナーの下で再スタートした。並行してSABICは同拠点を含む欧州石化事業を独Aequita社へ売却する方針。Viridor(旧Quantafuel系拠点)は6月末までに北欧3拠点を完全閉鎖、Mura Technologyも独Böhlen向け計画を中止した。
- 一方、Cyclize社CEOはJRC報告書を「パイロリシスとソルボリシスのみを見た評価で、業界全体への断定にすべきでない」と反論(同社はプラズマ方式によるガス化を手掛け、報告書の対象外技術の当事者)。
- 技術面では、Virginia Tech・Texas A&M・Caltechの共同研究チームが、リサイクル率1%未満とされるPVCを穏和な条件(70℃・3時間)で高性能潤滑油の原料に変換する手法をNature誌に発表。
欧州委JRC報告書|ケミカルリサイクルは依然コスト割高、揺れるPlastic EnergyとSABIC提携拠点
事実欧州委員会の科学研究機関である共同研究センター(JRC)は、2026年7月22日付で報告書「Economic viability of chemical recycling: Current and future perspectives」を公表した。著者はPierre Gaudillat、Robert Marschinski、Hans Saveynの3氏。報告書はケミカルリサイクルの主要な2手法である熱分解(パイロリシス)と解重合(ソルボリシス)を対象に、2025年時点でのEUにおける経済性を評価している。
事実報告書によれば、パイロリシス由来の樹脂はバージン(新規原料)樹脂と比べてコストが1.4〜3.7倍高く、基準的な試算では約3,000ユーロ/トン(レンジ1,500〜4,000ユーロ)、原料である廃プラスチック投入量に対する製品歩留まりは30〜50%にとどまる。一方、ソルボリシス(PET向け)はコスト約2,150ユーロ/トン(±500ユーロ)、歩留まり90%以上とパイロリシスより効率的だが、それでもバージンPETとのコスト差は残る。報告書はPPWR(包装・包装廃棄物規則)や使い捨てプラスチック指令の再生材含有義務が、食品接触用途で年50万〜100万トンのケミカルリサイクル材需要を生みうるとしつつ、「規制は需要を作るが、販売を保証するわけではない」「再生材含有目標の未達に対する罰則が不十分であれば、リサイクル能力への投資が危うくなりかねない」と警告している。
事実この報告書と時期を同じくして、欧州のケミカルリサイクル事業者の経営が相次いで揺れ動いている。英Plastic Energy社は2026年4月27日、資金不足を理由に英国で管財手続き(administration)に入った。同社はSABICとの折半出資による合弁「SPEAR」(Sabic Plastic Energy Advanced Recycling、オランダ・Geleen/Chemelotコンビナート内、処理能力年2万トン)を保有しており、2025年8月に初回収油の生産を開始したばかりだった(スペイン法人が運営するセビリア・アルメリアの2工場は管財手続きの対象外で稼働を継続)。その後2026年8月6日、Plastic Energyは管財手続きを脱却し、創業者のCarlos Monreal氏がCEOに復帰、独自技術「TAC」を保持したまま非公開の新オーナー体制の下で事業を再開したと公表した。新オーナーの詳細・出資条件は本記事執筆時点で公表されていない。並行してSABICは2026年1月、Geleen拠点を含む欧州石化事業全体(Teesside・Gelsenkirchen・Genk等を含む)を独投資会社Aequitaへ売却する方針を発表しており、年内の完了が見込まれている。本サイトでも過去に「SABIC・Plastic Energy、Geleen高度リサイクル設備が最終建設段階」として紹介した案件(trend24)は、合弁パートナーが一度は経営危機に陥り、サイトオーナーも事業売却を進めるという、二重の不確実性を経験したことになる。
事実Plastic Energy以外にも、Viridorは2026年6月26日、旧Quantafuel系のケミカルリサイクル拠点(デンマーク・ノルウェー・スウェーデンの3拠点)の閉鎖を発表し、6月末までに全操業を停止した。同社は、安価なバージン樹脂への需要流出、規制の不確実性、政治的支援の不足を理由に挙げている。このうちデンマーク・Skive拠点の処理能力は年2万トンとされる。同社は家庭系の汚れたプラスチック(従来のマテリアルリサイクルでは処理できない材料)を歩留まり70〜75%で再生できることは実証済みとしており、技術的な失敗ではなく採算面での撤退だと説明している。Mura Technologyは、独ケミカル大手Dowが同社の熱分解油の処理先だったBöhlen拠点の分解炉(クラッカー)を閉鎖したことを受け、同拠点向けの計画を中止した。
分析これら一連の動きが示すのは、「PPWR等の規制が再生材需要を作るから、ケミカルリサイクルは自動的に儲かる」という単純な図式が、少なくとも現時点のEUでは成立していないという現実である。JRC報告書はこの構造を数値で裏付けており、規制による需要創出と、実際にその価格プレミアムを払ってでも買う顧客が付くかどうかは別問題だと明言している。Viridor・Muraの事例は、技術的な実証成功が商業規模での採算確保にそのままつながらないことを示す実例である。一方でPlastic Energyは、資金難で管財手続きに入りながらも約3カ月で新体制の下に再スタートしており、「資金難=即・事業消滅」とは限らない点も同時に見ておく必要がある(分析)。ただし新オーナーの詳細が非公開であることは、資本の安定性という観点で読み切れないリスクとして残る。
分析日本企業への波及という観点では、海外のケミカルリサイクル事業者と資本提携・技術導入・オフテイク契約を検討する場合、①その技術がバージン比1.5倍以上という一般的なコスト劣位を前提にしてもなお成立する用途(規制で価格プレミアムが取れる食品接触材等)に紐づいているか、②提携相手・サイトオーナーの財務体力や、親会社が事業ごと売却・撤退する可能性を織り込んでいるか、③JVパートナー自体の資本構成が変わる可能性(Plastic Energyの新オーナー体制のように詳細が非公開のまま変わることもある)を精査する必要性が改めて浮き彫りになった。特にSABICのように石化事業全体を売却する動きは、個別プロジェクトの技術評価だけでは見えないリスクであり、JV・拠点単位でなく親会社の事業戦略まで確認すべき教訓と言える。
事実一方で、プラズマ方式による混合廃プラのガス化を手掛けるケミカルリサイクル事業者Cyclize(独)のCEOであるMaike Lambarth氏は、2026年8月上旬にPlastics News紙の意見記事で、JRC報告書に反論した。同氏は、報告書がパイロリシスとソルボリシスという2手法のみを対象にしており、それをケミカルリサイクル業界全体への断定的な経済性評価として扱うべきではないと主張している(本記事執筆時点で意見記事本文の詳細は確認できておらず、上記の論旨のみを事実として記載する)。なお同氏の主張は、JRC報告書が評価対象としなかった自社技術の立場からの反論である点にも留意が必要である。
分析この反論が示唆するのは、「ケミカルリサイクル」という括りの中にも手法ごとの経済性の差が大きく、JRC報告書が対象とした2手法の不振をもって全ての技術を否定するのは早計だという業界側の危機感である。両論を併せて読むと、少なくとも「パイロリシス・ソルボリシスという主流2手法は、現時点でコスト劣位が構造的である」という点はEU公式機関も業界側も否定していない一方、「それ以外の技術経路であれば経済性が異なりうるか」については本記事執筆時点で判断材料が不足している。次のセクションで紹介する技術は、まさにこの「別の経路」の一例として注目に値する。
技術ブレークスルー|難再生樹脂PVCを高性能潤滑油に変える新手法がNatureに
事実2026年8月5日、Nature誌にバージニア工科大学・テキサスA&M大学・カリフォルニア工科大学の共同研究チームによる論文が掲載された。バージニア工科大学の化学者Guoliang(Greg)Liu氏の研究室が、リサイクル率が1%未満とされるPVC(ポリ塩化ビニル、世界生産量は年約4,000万トンとされる)を、70℃・約3時間という比較的穏和な化学処理条件で潤滑油原料の油状物質に転換する化学プロセスを確立し、テキサスA&M大学のAli Erdemir教授のチームがその潤滑性能(摩擦・摩耗特性)を評価・実証してポリアルファオレフィンとして優れた性能を確認、カリフォルニア工科大学のWilliam Goddard氏が量子化学計算で反応機構を裏付けるという、化学合成とトライボロジー(摩擦工学)の複数分野にまたがる共同研究である。
事実PVCは塩素を含む構造上、従来のマテリアルリサイクル・多くのケミカルリサイクル手法(パイロリシス等)と相性が悪く、混入すると設備の腐食や生成物の品質劣化を招くため、他の廃プラスチックから選別・除去される「厄介者」として扱われてきた。今回の手法は、そのPVCを単に無害化・分解するのではなく、摩擦・摩耗性能に優れるとされる潤滑油という高付加価値品に転換する点が特徴である。
分析この技術が実務上重要なのは、前セクションのJRC報告書が指摘した「ケミカルリサイクルはバージン材よりコストが高い」という構造的な壁に対し、生成物の付加価値を引き上げることで採算ラインを変える、という別の解決アプローチを示している点である。パイロリシス・ソルボリシスが「プラスチックをプラスチック原料(ナフサ等)に戻す」方向で経済性を追求するのに対し、この手法は「プラスチックをより高単価な工業製品(潤滑油)に変える」方向で経済性を追求しており、JRC報告書が示すコスト構造そのものに縛られない可能性がある。ただし本記事執筆時点では大学の研究室レベルの成果であり、実証プラントでの処理能力・コスト・不純物混入時の性能への影響などは確認できていない。商業化には数年単位の時間を要する可能性が高く、Plastic Energy等の事例が示す「実証成功と商業採算化の間の距離」を踏まえて評価する必要がある(分析)。
分析日本への波及という観点では、日本国内でもPVC(塩ビ管・農業用フィルム等)は主要な難再生樹脂の一つであり、焼却・埋立以外の出口が乏しい。仮にこの技術が実証・商業化段階に進んだ場合、PVC処理に課題を抱える国内の化学メーカー・リサイクル事業者にとって、技術導入・共同研究の対象となりうる。現時点では大学発の基礎研究段階であるため、実務判断としては「今すぐ動く」段階ではなく、今後の実証プラント計画や特許出願・技術移転の動きを継続的に注視するフェーズにあると言える。
2つの動きに共通する視点
JRC報告書が突きつけた「規制があってもコスト構造は簡単には変わらない」という現実と、PVCを潤滑油に変える技術が示す「生成物の付加価値を変えれば採算ラインも変わりうる」という可能性は、一見対照的だが根は同じ問いにつながっている。すなわち、ケミカルリサイクルへの投資判断は「規制対応」という一律の理由だけでなく、個々の技術・用途ごとに採算ラインがどう成立するかを具体的に見極める必要があるという点である。Viridor・Muraの撤退や、Plastic Energyが一時は経営危機に陥ったという経緯は、この見極めを怠るとどうなるかを示す実例であり、新技術への注目は逆に、見極めの結果を変えうる技術的な可能性を追う動きと言える。新規参入・投資判断にあたっては、規制の存在そのものではなく、個々の技術が生み出す製品の価格プレミアムと処理コストの具体的な差、そして提携先の資本の安定性を精査する姿勢が求められる。
📎 一次情報・出典
European Commission JRC「Economic viability of chemical recycling: Current and future perspectives」(2026-07-22)→ EUWID Recycling「JRC: Chemically recycled outputs remain much more expensive than virgin plastics」→ Polyester Time「Chemical Recycling Costs: Stark EU Warning」→ Plastics News(意見記事)「Chemical recycling is more than pyrolysis: What the JRC report leaves out」(Maike Lambarth, Cyclize)→ Chemistry World「Chemical recycling plants closing in EU and US」(2026-07-23)→ Viridor公式「Viridor to close European chemical recycling operations」→ EUWID Recycling「Plastic Energy emerges from administration under new ownership」(2026-08-07)→ Recycling Today「Plastic Energy emerges from administration with new CEO」→ Industrylinqs「Plastic Energy does not make it: insolvency administrator sells assets of co-owner Chemelot plant」→ Industrylinqs「Sabic Geleen prepares for turnaround on eve of sale」→ Virginia Tech News「Scientists turn one of the world’s most hated plastics into premium lubricant」→ Texas A&M Stories「Research team upcycles plastic waste into premium high-performance lubricants」(2026-08-06)→ Phys.org「Turning one of the world’s most difficult plastics into premium lubricant」→
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